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第7話:Day1――「何をすればいい?」という朝から

いつもより早く、目が覚めた

翌朝は日曜日でした。

学校も習い事もない、本来なら朝寝坊が許される日。なのに、みみちゃんはいつもより早く目を覚ましました。

起きてきたかと思うと、自分から机に向かっています。

昨夜、おばあちゃんから受け取ったバトンを。理事長先生との、あの握手の温度を。この子はまだ、手のひらの中に握りしめているのかもしれない。

その背中を見て、私はただ、静かに息を吸いました。

鉛筆が、紙の上を走る音がする。消しゴムをかける音がする。また、鉛筆が走る。

それだけの、静かな朝でした。

「何をすればいい?」

けれども、正直に言えば、みみちゃんは途方に暮れていました。

机の前に座って、ノートを開いて。でも、鉛筆が動かない。やる気はある。覚悟もある。でも、何から始めればいいのか、まったく分からない。そこで、とりあえず何かしようと、まずは学校の宿題に取りかかっていたようです。

「お母さん、何をすればいい?」

その一言を聞いて、私は迷わず動きました。

本棚から、5冊の問題集を取り出します。

漢字の本、1冊。計算の本、1冊。読解の本、1冊。算数の小問集合に特化した問題集、1冊。そして、社会の本、1冊。

みみちゃんが首をかしげます。

「社会も?」

「そう。社会の点数のためじゃないよ。国語の読解文を読むとき、知っていることが多ければ多いほど、文章が頭に入りやすくなるから」

5冊とも、今のみみちゃんでも、すらすら解けるレベルのものを選びました。

時間がない。だから、難しいものを。そう考えるのは、実は間違いです。

焦って背伸びをしても、土台が崩れるだけ。今、みみちゃんに必要なのは「できた」という小さな成功体験を、毎日積み重ねること。プロとして、私はその事実をよく知っていました。

3つの約束

問題集を手渡しながら、私はみみちゃんと約束をします。

3つだけ。でも、この3つだけは、絶対に守ること。

ひとつ。日割りにして、毎日必ず続けること。

ふたつ。違う本に手を出さず、同じ本を何度も繰り返すこと。

みっつ。間違えた問題は、その日のうちに、まっさらの状態から正解にたどり着けるようにすること。

みみちゃんは、真剣な顔でうなずきました。

その横で、おばあちゃんが静かに微笑んでいました。

遠くから、見守る人

その日の午後、みみちゃんが勉強している部屋の外で、おばあちゃんがそっと立ち止まる姿を見かけました。

ドアの隙間から、机に向かう孫の背中を、じっと見つめている。

声をかけるわけでもなく。邪魔をするわけでもなく。ただ、そこにいる。

抗がん剤で辛いはずの体を、それでも起こして。孫が勉強している、その空気を、自分の肺に吸い込むように。

私と目が合うと、おばあちゃんは小さくうなずきました。

言葉はありませんでした。でも、その眼差しの中に、全てがありました。

この子を、頼んだよ。

私は静かにうなずき返しました。

3日に一度届いた、魔法の言葉

勉強が始まってから、私はみみちゃんに3日に一度、手書きのメッセージを書いて渡すようにしました。

最初のメッセージにはこう書きました。

「困難は分割せよ、あせってはなりません」

「小さな『できること』を見つけてコツコツやっていけば、どんな大きな困難も必ず乗り越えられます」

かつて私が数学の講義でデカルトの言葉として出会った、この魔法のフレーズを、今の娘に贈りました。

そして、

「大丈夫!みみちゃんなら必ずできます!!」

「苦しいとき、つらいときほど笑顔で😊」

おばあちゃんの「辛いときこそ、笑いなさい」という言葉が、形を変えて、具体性を伴って、この子の手元に届いていきました。

みみちゃんはそのメッセージを、問題集の横に置いて勉強を続けます。

その夜、おばあちゃんがみみちゃんに聞きました。

「今日はできた?」

「うん」

「そっか。えらいな」

しばらく沈黙が続いた後、おばあちゃんはみみちゃんの背中をそっとなでながら、小さくつぶやきました。

「この子は……すごい子になるのかもしれんな」

誰に言うでもなく。ただ、自分の胸の中に落とすように。

その言葉を、私はたまたま聞いていました。

病気のおばあちゃんにも優しく寄り添える心がある。おばあちゃん譲りのユーモアで、どんな場面でも周りを和ませる明るさがある。そして、理不尽に傷つけられても折れなかった、一本の芯がある。

この子に足りなかったのは、才能でも、根性でも、運でもない。ただ一つ、「勉強するスキル」だけだったのです。

それさえ手に入れれば、鬼に金棒。

私はそう確信していました。だから、怖くなかった。偏差値20台という数字も、残り50日という時間も。

この子なら、必ず奇跡を起こせる。

私のプロとしての経験が、そして、数々の逆境を笑顔で乗り越えてきたおばあちゃんの目が、そう言っていました。

そして、立ち向かうみみちゃんの姿がおばあちゃんの「生きる力」となり、おばあちゃんの「えらいな」の言葉が、また翌朝みみちゃんを机に向かわせる「原動力」となっていったのです。


あの日、娘に授けた『困難を分割する技術』や、三つの約束の具体的な守らせ方は、こちらで詳しく解説しています。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。

今、もしお子さんの成績や、周囲からの言葉に傷つき、暗闇の中にいるのなら。 辛いときは、一人で抱え込まずに、私にその想いを預けてみませんか?

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