砂上の楼閣
12月の冷たい空気が、リビングの窓を白く曇らせていた頃、我が家には微かな、しかし、確かな高揚感が漂っていました。
1日目から泥臭く積み重ねてきた漢字練習の成果が出始め、冬休みに入る頃には、過去問の配点20点分の漢字は、ほぼ完璧に仕留められるまでになっていました。選択肢問題も、毎日の読解テキストで練習を繰り返し、徐々に精度が上がってきたため、記号問題であれば、随分と高い確率で正解を選べます。
おばあちゃんと一緒に読み込んできた社会の知識も、国語の長文を読み解く背景知識として、少しずつ機能しだしたようで、あの「33点」という過去問の絶望は、今や遠い過去のように感じられる日も多くなってきました。
でも、その好調さは、どこか危うい均衡の上に成り立つ「砂上の楼閣」だということもまた事実。
社会の知識や本人の興味関心が文章の内容と合致したとき、つまり「ハマった」ときだけ、跳ね上がるような高い点数が出る。逆に、未知のテーマが出た途端、思考はぴたりと止まり、読む速度は極端に遅くなり、点数は奈落の底へと急落する。
「ハマればできる。ハマらなければ、手も足も出ない」
そんな不安定な実力の境界線上で、あるときは、120点満点で50点、あるときは90点……と、みみちゃんは必死に踏みとどまっていたのです。
伝統ある志望校の過去問で、ついに「満点」が出たのは、そんなときでした。
「お母さん、見て!今日は自信がある!」
差し出された答案用紙。いつものように採点に取りかかる私の手が、ある問題でぴたりと止まりました。
記述問題。とても上手く書いている、いや、上手く書きすぎている。
採点を終えた答案用紙の上には、確かに輝かしい赤文字の「120点」が躍っていました。
でも、その数字を目にしたとき、私の心に走ったのは、歓喜ではなく、冷ややかな違和感でした。
漢字と選択肢の安定は、確かに本物だ。けれど、知識やテクニックだけでは絶対に太刀打ちできないはずの、重厚な記述問題までもが、一字一句の狂いもなく模範解答の通りに並んでいる。
プロ家庭教師としての経験と直感が、私の耳元で静かに警鐘を鳴らしていました。
崩壊は、静かに訪れた
その影を最初に見つけたのは、おばあちゃんでした。
みみちゃんの後ろを通りかかったとき、問題を解きながら、後ろに掲載されている答えをこっそりと覗き込んでいる姿を偶然見つけたのです。
「みみちゃん……それ、何してるの?」
静かな、しかしすべてを見透かすような、おばあちゃんの問いかけ。
みみちゃんは、ビクッと肩を震わせ、ゆっくりと顔を上げました。その瞳からは、すでに大粒の涙が溢れ出していました。みみちゃんは、堰を切ったように泣きじゃくりながら、胸の奥底に溜まっていた本音を吐き出しました。
「ごめんなさい……。本当にごめんなさい……! 漢字も選択肢も頑張って、あと少しで合格点だったの。でも、記述だけがどうしても、書けなくて……。満点を取ったら、お母さんも、おばあちゃんも、もっと喜んでくれると思ったの。みんなをガッカリさせたくなかった……!」
その声を聞きながら、私は胸を突かれるような思いがしていました。
人は、「弱さ」ゆえに嘘をつく。 でも、時に人は、「強さ」ゆえにも嘘をつく。
みみちゃんがついてしまった嘘。それは、ただ苦しいことから逃げ出したいという「弱さ」だけが理由ではありませんでした。 「漢字も選択肢も死に物狂いで頑張って、あと少しで合格点に届く」という、この子なりの執念。絶対に合格を掴み取ってやる、みんなを喜ばせてやるという、あまりにも強すぎる意志。 その「強さ」が、あと一歩の記述の壁を前にして、歪んだ嘘を生み出してしまったのです。
私は、叱りませんでした。
プロ家庭教師として、これがプレッシャーに押しつぶされそうな受験生に「よくあること」だと知っていたから。そして、この嘘の底にあるこの子の「剥き出しの強さ」と「不器用な愛」に、気づいてしまったから。
私は無言のまま静かに立ち上がり、文房具の引き出しから、一本のカッターナイフを取り出しました。
外科手術
激しく叱られると覚悟していたのでしょう。みみちゃんが、想定外の私の行動を見て、驚いたように目を丸くします。
でも、私の顔は、穏やかなままでした。
シャッ。ザクッ。
静まり返ったリビングに、厚い紙の束を断ち切る、乾いた硬い音だけが響きます。私はみみちゃんの目の前で、すべての過去問の「解答・解説」のページを、1箇所ずつ、その場で裁断していきました。
「答えがあるから見てしまう。人間は弱いものだから、苦しいときは誘惑に負けてしまうもの。あなたが悪いんじゃない。答えをすぐ見られる場所に置いておいた、仕組みが悪いの。だから、物理的になくしてしまうね」
叱責でも説教でもなく。ただ、この子を「強がりの嘘」から救い出すための、静かで冷徹な「外科手術」。 感情をぶつけるのではなく、仕組みで解決する。それがプロとしての私の答えでした。
おばあちゃんの命の授業
その静寂の中で、おばあちゃんが、ゆっくりとみみちゃんに近づきます。その瞳には、涙も動揺もありません。ただ、大樹のようにどっしりとした、揺るぎない存在としてそこに佇みました。
「みみちゃん、一つだけ、おばあちゃんのお話を聞いてくれる?」
抗がん剤の副作用で、少し熱があるようです。 いまの医学では、もはや手術はできず、病を完全に治す方法は皆無。それでも、私たちと少しでも長く一緒に過ごすために、おばあちゃんは過酷な治療から決して逃げず、命をかけた闘いを続けてくれていたのです。
おばあちゃんは、その手を、そっとみみちゃんの小さな手に重ねました。手の温もりだけは、いつもと変わらず確かでした。
「もし私が、しんどいのが嫌やからって、治療を『やったフリ』して、先生やみんなに嘘ついてたら、どうなると思う?」
みみちゃんは、ハッと息を呑みました。
「……おばあちゃんと、一緒にいられる時間が……なくなっちゃう」
「そうやんね。『やったフリ』は、病気を騙してるんじゃない。自分自身を裏切って、少しでも長く一緒にいたいって信じてくれてるお母さんやみみちゃんを、一番深いところで絶望させることになるんちゃうかな。それやったら、いっそ『やらへん!』って潔く諦めた方が良いと思う。勉強も、全く一緒や。『できたフリ』は、未来の自分を裏切って、かえってみんなを悲しませることになるんやで」
ただ「生きる」という一事のために、死線の間際で闘い続けている人の言葉。 おばあちゃんは怒りも泣きもしませんでした。ただ、まっすぐにみみちゃんを見つめ、凛とした声でその言葉を届けました。だからこそ、その言葉はどんな説教よりも重く、どんな烈しい叱責よりも深く、そして、どんな祈りよりも切実に、みみちゃんの胸の奥へと、まっすぐに突き刺さっていきました。
みみちゃんは涙を流しながら、おばあちゃんのぶれない眼差しを、じっと受け止めていました。 部屋の中を、静かで、神聖な空気が満たしていくのが分かりました。
プロの「免罪符」
おばあちゃんが示してくれた覚悟を受け継ぐように、私はみみちゃんの正面に向き直りました。
「みみちゃん、ここからは『本当のあなたの戦い』をしよう。そのために、お母さんから『プロとしての最高の作戦』を伝えます」
私は志望校の入試データ資料を広げ、赤ペンでひとつの数字を囲みました。
「みみちゃんが受けるこの日程は、統一受験日夕方からの『午後入試』。試験が終わったら、学校の先生たちは超特急で採点して、その次の日には合格発表を出さなきゃいけないの。同じ日には午前にも入試があるよね。こちらの採点もしなければいけない。さらに、『午後入試』の場合、午前の入試の倍以上の受験者がやってくるはず。
ということはね、先生たちには『重厚な記述問題をじっくり採点している時間がない』の。だから、この日程では複雑な記述問題は最初から出ない。きっと今度の入試も、記号と漢字、短い言葉の抜き出しだけで構成されるに違いない」
みみちゃんの瞳が、パッと大きく開かれました。
「……じゃあ、あの難しい記述、しなくていいの?」
「しなくていい。最初から全部捨てていいの。今のあなたが必死で磨いてきた『漢字と選択肢の力』、これだけで合格最低点は十分に超えられる。お母さんがプロのデータで証明してあげる。だから、『答えを見てでも記述問題を得点したい』って強がる必要なんて、最初からどこにもなかったんだよ」
その瞬間、みみちゃんの小さな肩から、重たい鉄の鎖が音を立てて外れたように見えました。
「あなたに記述問題を練習してもらっていた理由は、記述問題として全部書くためではなくて、部分点でもいいから、答えを考えるプロセスが理解できるようになれば、もっと選択肢や抜き出し問題の精度が上がると考えていたからなんだ」
記述という重荷をプロの分析で下ろし、本当に学ばなければいけないポイントを伝える。
さあ、偽る必要のない「本当の戦場」へ。
救われたみみちゃんの表情に、いつもの柔らかさが戻ってきた瞬間でした。
ミスノートに刻んだ言葉
その夜遅く、みみちゃんは私の渡したミスノートを、机の上で静かに開きました。
誰かに言われたわけでもなく。テキストの言葉を写したわけでもなく。 彼女は自分の意志で、鉛筆を握りしめ、真っ白な余白に、一文字一文字、魂を込めるようにこう書きました。

「バカなことははずかしくない。かしこい、できたフリをすることがはずかしい。」
「教えてもらったことを実行する。実行しないことがはずかしい。」
その文字を、彼女は「虹色の復習法」と同様に黄色のペンで強調します。そして、大好きな紫の蛍光ペンで、何度も、何度も、力強く彩りました。
夜中にこっそりそのノートを開いた私は、胸が熱くなり、静かに息を吐きました。
この子は、自分で気づいた。 そこに書かれていたのは、誰かに強制された言葉ではなく、自分の心の奥底から、おばあちゃんの命の言葉と私の仕組みを受け止めて、絞り出した叫び。この強い覚悟を自らの力で引き出したのだ。
「できたフリ」をすることの恥ずかしさを、12歳のこの子が、自分の言葉でハッキリと定義した瞬間でした。
翌朝から、みみちゃんは見違えるように変わりました。裁断され、バラバラになった過去問を前にして、黙って、自分が答えを写してしまった問題をピックアップし、丁寧に解き直しを始めたのです。
「お母さん、もう一回採点して!」
模範解答を見ていたときとは違い、どう見ても拙い記述の答案。それでも、「理解しようと奮闘した痕跡」はプロの私には一目瞭然です。
それでいい。記述問題の満点は要らない。プロセスだけを学べばいい。
「期待に応えるための受験」を脱ぎ捨てて、「自分自身の命を輝かせるための受験」へ。
ゴーン、ゴーン。
近所のお寺から聞こえてくる除夜の鐘とともに、みみちゃんの煩悩も消え去ってくれたようです。
「正しさを守れる場所へ」――その思いから始まったこの戦いは、今また、本当に「正しい方へ」と大きく舵を切りました。
……ただ、中学受験の神様は、それほど甘くはありません。 「ハマればできる」という危うい均衡の上に立っていたみみちゃんの実力は、間もなく、運命の「1月1日」に、あまりにも残酷な形で試されることになります。
そこで突きつけられる絶望が、最後にして最強の武器を与えてくれるとも、飛躍への扉を開けることになるとも、まだ誰も知らないまま――。
静かに大晦日の夜は更けていきました。

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